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平成17・18・19年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2)) 中間報告書
「学生参画型授業モデルの開発に関する実証研究
〜討議・批判・論理・表現能力の育成〜」

はしがき

わが国の教育は,戦後の機会均等の理念により,国民の教育水準を高めるとともに経済社会の発展に大きく貢献してきた.しかし,現在の教育の状況はと言えば,少子化や都市化による家庭や地域社会の教育力の低下などを背景に,いじめ,不登校,青少年犯罪など学校教育は深刻な問題に直面している.また,個人の自由や権利の尊重を強調する余り「公」を軽視する傾向が広がり,個の世界に引きこもる青少年も現れてきている.さらに,科学技術の急速な発展,グローバル化,情報化など社会が大きく変化する中で,これまでの教育システムは時代や社会のニーズから取り残されつつあると言える.こうした教育の現状や課題を踏まえ,文部科学省は,平成13年「21世紀教育新生プラン」を立ち上げた.この教育新生プランは,「新生日本」の実現を目指し国政の最重要課題の一つに位置付けられる教育改革の今後の取組の全体像を示すものである.その中で,大学における競争的環境の整備の一環として提案された「国立大学の再編・統合」,「国立大学法人化」,「競争的資金の拡充」が,平成16年度より本格化している.大学教育も国の厳しい財政状況を受け,これまでのように国による保護の下で安穏としてはいられない時代となったと言える.こうした背景を受けて,大学では,個々の教員の授業内容・方法を改善するため,全学あるいは学部・学科全体でそれぞれの大学の教育理念・教育目標や教育内容・方法について組織的な研修を実施するFD(ファカルティ・ディベロップメント)が重要となっている.今日の大学教育は,次代を担うリーダー育成のため,研究機関としての役割だけでなく学生の全人格的な育成を担う責務も負っており,その教育に直接関与する教員の教育者としての資質も大きく問われているのである.このような時代において,とかくコミュニケーション力の不足が指摘されがちな現代の学生に授業に主体的に参画する体験をさせることや,授業の中で学生が直接教員と話し合い,問題解決する場面を設定することは,学生だけでなく教員にとっても意義あることと考える.

本研究は,大学の教養(共通)教育において学生に求められる能力のうち,課題解決に係わる総合的な能力としてのコミュニケーション能力(主体性,討議能力,批判的思考能力,論理的思考能力,表現・伝達能力)の育成を図る授業モデルの開発を目的としており,開発を通して今日的課題である大学の教養教育における授業内容や方法のあり方を見直す上で有益であると考える.さらに,本研究は,大学改革の重要課題である「教員の授業技術の改善」,「授業内容の見直し」,「成績や授業評価の透明性」を図るFD研修の取組の一環でもあり,本研究を FD研修に応用することで大学教員の授業に対する意識改革や授業技術の向上,ひいては,大学全体の意識改革を図るにも貢献したい.

本年度は,大学教員だけでなく,中等教育学校や専門学校の教員および企業経営者の協力の下,授業の設計および評価手法の開発,コミュニケーション能力に関する理論的研究,各学校段階における実践授業などを通し,モデル授業の開発可能性について実証した.

実証結果より,コミュニケーション能力を育成する授業に有用なワークショップ手法を見出すとともに,授業成果の評価方法も検証することができ,今後の研究に向け,多くの知見を得ることができた.これらの成果は,Webページによる電子情報として公開するとともに,本中間報告として発刊し,関係者各位の忌憚のないご批判を仰ぎたい.

     平成18年3月
     研究代表者 山口大学教育学部 林徳治
研究期間
 平成17年度(2005年)
 平成18年度(2006年)
 平成19年度(2007年)
研究目的

本研究は,大学の教養(共通)教育において学生に求められる能力のうち,課題解決に係わる総合的な能力としてのコミュニケーション能力(主体性,討議能力,批判的思考能力,論理的思考能力,表現・伝達能力)の育成を図る授業モデルの開発を目的とした.本研究で開発する授業モデルは,学部や教科を問わず汎用化できるものをめざし,教員のFD(Faculty Development)研修にも応用することで全学的な授業改善にも効果をあげることを目的とした.

大学生のコミュニケーション能力の総合的な育成を図るべく,学習過程(形成的評価)を重視した学生参画型の授業モデルを開発・提案するものである.授業モデルの開発は,3つの手法,すなわち課題解決訓練用の@「PCM(Project Cycle Management)手法」(国際開発高等教育機構,平成13年),論理的思考訓練用のA「強制連結法」(林,平成14年),表現・伝達訓練用のB「マイクロプレゼンテーション」(林,平成12年)を総合的に授業設計に取り入れた点に特色がある.



@PCM手法は,ODA(Official Development Assistance)の開発援助で活用され,課題に関する関係者分析,問題分析,目的分析を通して現状把握,問題点抽出,改善方針を明らかにし,開発プロジェクトの目標達成(挙証)を行う手法である.本研究では,PCM手法が多人数の意見を取り上げた参画型である点に着目し,大学授業に応用することで学生の課題解決への主体性,討議能力,批判的思考能力の育成をめざした.

A強制連結法は,論理的思考能力や授業設計能力を育成するための手法である.予め設定された起点(学習の対象者)と終点(学習目標)の間に,連想される単語(スキーマ)を挿入しながら関連付けを行い,学習の構成を練るものである.挿入する単語は,対象者のレディネス(準備性・既習度)を考慮し,さらに学習目標に到達するまでに新規の知識や技能を習得できるようにする.強制連結法は,既存のイメージマッピング法とは異なり,終点を予め定めることで一旦拡張した思考を収束する点に特徴がある.これを授業設計に応用することで,学習対象者を意識した上で,対象者の背景知識や先行知識,関心事項を考慮し,教授する新規スキーマを論理的に組み立てる設計能力の育成をめざした.

Bマイクロプレゼンテーションは,表現・伝達能力を育成する手法である.開発する授業モデルでは,学生がPCM手法および強制連結法を経て設計した内容を基に,教材を作成しプレゼンテーションを行い,聴き手と発表者の双方で1.言語,2.非言語,3.メディア利用,4.理解度,5.関心度,6.定着度の観点から相互評価し伝達・表現技術を育成することをめざす.

本研究は,現代の学生に欠如しがちなコミュニケーション能力のうち主体性,討議能力,論理的思考能力,批判的思考能力,表現・伝達能力に着目し,各能力の総合的な育成を図る授業モデルの開発を通して,今日的課題である大学の教養教育における授業内容や方法のあり方を見直す上で有益である.さらに,教員の授業改善に貢献できる.初年度は,大学,企業,専門学校,高等学校,中学校において,コミュニケーション能力を構成する5つの能力(主体性,討議能力,批判的思考能力,論理的思考能力,表現・伝達能力)それぞれに焦点をあてた実践授業を実施した.また,授業成果を評価するための評価規準(ルーブリック)の作成を行った.さらに,専門家を招き,山口大学において,授業モデルの開発に取り入れた「PCM(Project Cycle Management)手法」に関するワークショップを実施した.

初年度中間報告書では,前述した授業実践成果および学会などへの投稿論文や報告を掲載した.

本研究は,学生のコミュニケーション能力の向上を図る授業研究としてだけでなく,大学改革の重要課題である「教員の授業技術の改善」,「授業内容の見直し」,「成績や授業評価の透明性」を図るFD研修の取り組みの一環でもある.

本研究を進めることにより,大学の教養教育の内容や方法を見直すきっかけとなるだけでなく,FD研修に応用することで大学教員の授業に対する意識改革や授業技術の向上,ひいては,大学全体の授業改善を図る授業技術の向上にも貢献する.

従来の研究の経過・研究成果又は準備状況等

本研究の先行研究の成果物として中間および成果報告書「遠隔講義におけるプレゼンテーション技術の向上を図る教師訓練プログラムの開発・評価」(平成11-12年度文部省科学研究費補助金(基盤研究(C)(2),研究代表者−林徳治,研究経費350万円)を刊行し,教育機関や教育関係者に広く配布した.その他,主な成果物や活動を以下に記す.

(1)

プレゼンテーション技術訓練用テキスト教材の開発(図書,CD,ビデオ教材)『情報社会を生き抜くプレゼンテーション技術−相互理解のための自己表現術−』(ぎょうせい,平成12年,全126頁)を出版した.本書は,職種を問わずコミュニケーション能力やプレゼンテーション技術訓練用テキストとして広く利用されている.本書の一部をマルチメディアCD教材化(平成13年度 学習情報研究センター主催学習ソフトウェアコンクール奨励賞受賞)し,アジア太平洋地域における教育工学関連セミナー(APEID2001, Asian and the Pacific Seminar/Workshop on Educational Technology)の参加者へ提供した.また本書の一部は,衛星通信利用による大学院遠隔教育番組(東亜大学)として採用され,ビデオ教材化された.また,文部科学省メディア教育開発センターでの教員養成教材開発プロジェクトにおいてCD教材の開発に協力した.

(2)

コミュニケーション能力の向上を図る実践(学部・大学院授業,専門機関研修)国際協力総合研修所(JICA)での派遣専門家の派遣前研修や自治体職員研修においてマイクロプレゼンテーションによる表現伝達能力の向上を図る研修を実施した(平成14年).平成16年度より山口大学教育学部科目および徳島大学工学部でのJABEE(日本技術者教育認定機構)科目授業において,PCM手法,強制連結法,マイクロプレゼンテーションを取り入れた授業を試行的に実施している.

(3)授業技術に関する教師訓練プログラムの実践(教員研修)

主体的な課題解決能力の育成を図る「総合的な学習の時間」の授業設計・評価のための社会的構成主義を取り入れた教師訓練プログラムを開発・実施した.本教師訓練プログラムは,山口県や京都府など地方自治体教職員研修や教職員等中央研修(平成11年〜)にて採用されている.また,平成14年度より山口大学主催のFD研修会にマイクロプレゼンテーションによる大学教員研修プログラムが実施されている.

(4)教材の開発・実施(遠隔学習)

テレビ電話会議システム利用による小学校間の遠隔交流学習(京都府宇治市,タイ国)SCSを利用した大学間の遠隔講義(北海道教育大学など6大学),遠隔教員研修(山口県教育委員会,富山市教育センター,宇治市生涯学習センター),社会人を対象としたプレゼンテーション技術公開講座(山口大学),山口県教育委員会主催の教員免許法認定講習会や,香川大学教育学部主催によるテレビ電話会議を利用した専修免許認定の遠隔共同公開講座(香川大学,高知大学,鳥取大学,山口大学)を実施し,それぞれの遠隔学習用教材を提供した.

(5)

映像などメディアを利用した教員のプレゼンテーション技術に関する実証研究(論文)映像などメディアを介した教授者のプレゼンテーション技術について,筆者の先行研究である「日本人教員のプレゼンテーション(講義)評価の分析」(日本教育情報学会論文賞受賞,平成11年)より得られた知見を基に,遠隔授業での教授者のプレゼンテーション分析などを通して教授者のプレゼンテーション技術向上のために重要となる要素および改善点を考察した.(日本教育工学会全国大会講演論文集,日本教育情報学会年会誌,平成11-15年)


本研究の実施に備え,研究分担者および研究協力者と連携して授業の試行モデル,テキスト,ビデオ教材の開発に着手し,担当する授業や山口大学のFD教員研修で既に試行的に実施している(平成16年〜).また,授業モデルの実践・評価に向け,PCM手法を導入し効果を上げている国際協力機構(JICA)の専門職員との会合(平成15年〜),強制連結法や主体性に関する情意面の評価についての研究会を山口大学において月1回実施している.

学会活動では,平成15,16年度日本教育情報学会年会および日本教育工学会全国大会にて本研究関連テーマについて研究発表し,研究者間での意見収集や共通理解を図っている.

教育では,林は,平成15年度より強制連結法を取り入れた授業を山口大学大学院,学部授業,徳島大学工学部JABEE科目授業,山口県免許法認定講習,香川大学免許法認定公開講座,教職員等中央研修講座で実施している.また平成16年度より山口大学教育学部でJICA 専門職員を非常勤講師として招聘し,PCM手法を取り入れた授業を試行的に実施している.

教材開発では,平成13年7月より,授業・研修用教材としてWebによる遠隔学習用ホームページ(プレゼンテーション技術,強制連結法)を開設した.本教材は,現職教員,大学院生,学部生など約1,000名以上(平成16年10月現在)が学習した.(http://www.hayashitokuji.com/distance/index.html


研究計画・方法
 本研究は,3ヵ年計画(平成17〜19年)とし次の1〜4段階で構成する.(下図参照)
研究経費

 平成17年度     500千円
 平成18年度     700千円(予定)
 平成19年度   1,100千円(予定)
研究組織
研究代表者
    林 徳治  (山口大学教育学部)
研究分担者
    福田 隆眞(山口大学教育学部
    沖 裕貴 (山口大学大学教育センター)
研究協力者
    横田 学 (京都芸術大学)
    赤松 辰彦(近畿大学)
    林 泰子 (頌栄人間福祉専門学校)
    奥野 雅和(京都文教中高等学校)
    武田 正則(山形県立東根工業高等学校)
    北村 光一(滋賀県立水口高等学校)
    藤本 光司(宝塚市立長尾中学校)
研究協力・編集担当
    井上 史子(山口市立川西中学校)
    黒川 マキ(大阪学院大学)

目次
はしがき
第1部 授業実践事例
  1.大学教員を対象としたFD研修−学生参画・発信型授業の設計と評価−
  2.山口大学の共通教育におけるコミュニケーション能力の育成の一事例
     −芸術概論における視覚的表現力についての例−
  3.情報倫理(モラル)に関する学生参画型授業の実践
     −授業設計,模擬授業,授業評価・改善の過程を通して−
  4.教育用PCM手法を用いた授業設計
  5.コミュニケーションを通してコミュニケーションを学ぶ授業実践
     −Wikiを活用した遠隔学習の取組み−
  6.大学生のコミュニケーション能力の育成
     −JABEE科目におけるグループ活動を通して−
  7.プレゼンテーションにおける聴き手の姿勢・態度の育成
  8.学生のコミュニケーション能力の育成を図る授業実践
     −介護福祉専門学校における情報教育の取組み−
  9.企業人のコミュニケーション能力育成
 10.成熟社会で求められる力の育成を図る
 11.キーワードのVisual化による強制連結法の授業実践(1)
     −中学校における試み−
 12.強制連結法による教職経験30年研修
     −校務分掌における私の仕事−
第2部 論文・資料
  1.PCM・強制連結法を取り入れた学生参画型授業の実践
  2.学生参画型授業モデルの開発に関する実証研究(1)
     −討議・批判・論理・表現伝達能力の育成−
  3.メディアを活用した児童・生徒の主体的学習態度の変容をめざした授業の実証研究
  4.コミュニケーション能力の目指すもの −大学での実践を通して−
  5.「物語」を紡ぐコミュニケーション訓練法の可能性
     −Narrative Based Communication Trainingのすすめ−
  6.共同学習の場としてのWikiの活用に関する考察
  7.PCMワークショップへ導くためのロジック・ツリー演習テキストの研究
     −専門高校における課題研究の授業を例にして−
おわりに